[徒然雑感] サマ、サマの多様な経験(フミさんのおはなし②)
梅雨は大事な自然の営みと分かっていても、なんとなくこのシーズンは嫌悪感を覚えてしまう。
さて、しっかり者で健康自慢のフミさんの友人が、珍しく体調を壊した。病院帰りに、ひと休みしようということで、フミさんの家に立ち寄った。しかも、一人ではなく、病院で出会ったご近所の老人も一緒に。
シルバーパワー全開、各々の病院談義に花が咲き、笑いと大声が家中に響いている。「昔は長時間待ちの3分診療と言われていたのに、今は問診から検査、診察と流れが良くなって、待ち時間も短くなった」「昔は、病院に行くと陰気で殺風景で余計に病気が進みそうな雰囲気だったけど、明るくて愛想が良くなった」・・・。「しかし、驚いたね!!私は岡田サマ、岡田サマと呼ばれ、何だか他人サマになったみたいだったよ。慌ててお医者サマのところに行ったけどさ」のはなしに皆さん、手を叩いて大笑い。
松山さんも言葉を次いだ。松山さんは、最近目がかすみ、遠近感や形、色がはっきりしないということで、眼科を受診した。先生は「僕だって90歳になれば、松山さんと同じになるよ。目が乾燥しないように、目薬はいつでも出してあげるけど、しっかり見えるような治療は難しい」と言われたらしい。松山さんは、階段の下り、危険ゾーンを知らせる線引きの色、薬の処方箋の字が見えないことを訴えたところ、「ありがとう。お陰サマで今日は良い学びをしたよ」と先生に感謝されたそうだ。
ところで、岡田さんの病気は何だったかという問いに、「少し風邪気味、少し栄養失調」と答えた後に、「血を採って検査をした挙句がこの診断だったけど、考えてみると貴重な私の血液を戻して下さいとは言えないしね。でもお陰サマで先生の診断で、身も心も軽くなったよ」
「一同、病院サマサマだね」のフミさんのシメのひと言に大笑い。この笑い声の力強さは、とても病院通いの老人達とは思えない。もちろん、病院を老人の社交の場にしているような人達ではない。老いた人達は"転ばぬ先の杖"、人に迷惑を掛けたくない、健康で長生きしたいと願う人が多いことも事実である。
WHOは、健康を『身体的・精神的・霊的・社会的に完全に良好な動的状態であり、単に疾病又は病弱の存在しないことではない』と定義している。つまり、健康は心身ともに異常がなくても、経済的理由や人間の尊厳や生活の質が侵害されているとすれば、健康の条件が損なわれると述べている。生きているということだけが目標ではなく、そこには、どう生きているか、どう生きることを願うのか、健康であり続けるための日々の暮らしを含めて問われていることと言えよう。この意味では、フミさんの仲間達は、少なくとも健康の領域に近いところで生活している存在と言えそうだ。
財団法人 人権教育推進啓発センター 発行
月刊誌「アイユ」6月号掲載












