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学術研究トピックス

【薬学科】細胞膜が分子を識別するメカニズムを解明

 山形大学(学長:小山清人)の並河英紀教授(物理化学)、長崎国際大学(学長:中島憲一郎)薬学部の柴田攻教授、中原広道准教授(注)らは、細胞膜(1)の密度が、イオンや分子などの識別に対して重要な役割を果たしていることを突き止めました。

 生命体の基本単位の一つである細胞は、細胞膜と呼ばれる非常に薄い膜で守られており、不要な物質を識別して細胞内に入らないようにしています。細胞膜が分子を「必要」「不要」と識別し細胞内への取り込みの可否を決定するメカニズムの解明は、麻酔薬や神経伝達物質などの生理活性物質の作用を理解するうえで非常に重要です。今回の発見により、細胞膜に作用させる麻酔薬などの分子設計において、ターゲットとする細胞膜の密度も考慮したテーラーメイド型分子設計(2)の提案などが期待されます。本研究成果は、アメリカ化学会の専門誌The Journal of Physical Chemistry C誌の6月15日号へ掲載され、掲載号のcover art(表紙)を飾りました。

【研究成果】

 細胞膜は、脂質分子が横に密に並んだ薄い膜でできており、細胞を守るための壁として機能しています。細胞膜との相互作用(細胞膜への結合・侵入のしやすさ)が低い物質は細胞にとって「不要」であると識別され、細胞内へ入ることはできません。これを逆手に取ると、ある物質を細胞にとって「必要」と識別させることで、その物質を細胞内へ送り込むことができるため、細胞の状態・機能を人為的に制御することが可能になります。そのため、細胞膜が分子を「必要」「不要」と識別し細胞内への取り込みを制御するための相互作用の仕組みを適切に理解することは、細胞に対する効果的な薬剤分子の設計・製造を行う上で非常に重要な基礎的知見となります。

 識別の鍵となる薬剤分子と細胞膜との相互作用は多岐にわたることが知られていますが、代表的なものに静電的相互作用(3)と疎水性相互作用(4)があります。細胞膜は、これら相互作用の大小関係を利用して分子を識別し、細胞内への取り込みなどを制御しています。本研究では、細胞膜がどの様な機構でこれらの相互作用を識別し、物質の取り込みを制御しているのかを明らかにするため、ポリオキソメタレート化合物(5)(以下、POMと表現します)を用い、細胞膜との相互作用を測定しました。

 具体的には、細胞膜のモデル物質として、正電荷を帯びた膜(DPTAP)、負電荷を帯びた膜(POPG)、電荷的に中性の細胞膜(egg-PC)の3種類をそれぞれ独立的に用い、これらの膜の密度を変えながらPOMを相互作用させ、その際の表面圧・表面電位を測定することで、細胞膜とPOMの相互作用の評価を行いました。構造が同一でありながら電荷を制御できるPOM化合物を用いたことが本研究の鍵であり、化合物の構造による立体化学的影響を排除し、静電的相互作用と疎水性相互作用による影響を純粋に抽出できたことが、本研究成果につながりました。

 研究の結果、細胞膜の中の脂質分子の並び方が、分子を識別する上で非常に重要な役割を果たしていることが分かりました。特に、脂質分子の密度が重要であり、細胞膜の密度が低い場合は静電的相互作用が強いPOMと相互作用する一方、細胞膜密度が高い場合は疎水性相互作用が強いPOMと相互作用することが分かり、細胞膜の密度がイオンや分子の識別因子として機能していることを突き止めました(図1)。この様な現象は、細胞膜の密度により細胞膜の疎水性密度や電荷密度が変化したために発現したものと考えられます。

図1.本研究の発見に関する模式図.

 今回の研究成果は、取り込まれやすい薬剤分子が細胞膜の密度によって変わることを意味しています。この性質を利用することで、薬剤を作用させたい細胞の細胞膜の密度に応じた最適な薬剤分子の設計指針を提案できると期待されます。また、細胞膜の密度を見分けることが可能な細胞選択的な薬剤の設計も可能となり、より副作用の低い薬剤の設計などへの応用も期待できます。

(注)現在は、第一薬科大学 臨床薬学講座 薬剤設計学分野 准教授

【参考資料】論文公表情報

 "Interplay of Hydrophobic and Electrostatic Interactions between Polyoxometalates and Lipid Molecules"

Daiki Kobayashi, Hiromichi Nakahara, Osamu Shibata, Kei Unoura, and Hideki Nabika

J. Phys. Chem. C, doi:10.1021/acs.jpcc.7b01774

【掲載号の表紙】電荷の違うPOM(イラスト上では電荷の違いは色の違いで表現されています)が、細胞膜へ吸着・侵入する様子が描かれています。

【用語説明】

(1) 細胞膜:細胞の内外を物理的に隔てるための薄い膜。単に隔てているだけではなく、細胞に必要な物質・シグナルの細胞内へ取り込み、不要な物質の細胞外への排出なども行っている。通常、これらの機能は細胞膜に埋め込まれた膜タンパクを介して行われるが、細胞膜自身も流動性や柔軟性を持ち、特定の物質が細胞膜を介して出入りすることも知られている。

(2) テーラーメイド型分子設計:一般的には、テーラーメイドとはオーダーメイドと同様の意味を持つ。個人の体の形や生活スタイルに応じて個別に服を設計するテーラーメイドと同様に、細胞膜の形や性質に応じて個別に薬剤分子を設計する分子設計法。

(3) 疎水性相互作用:炭化水素などの疎水性分子同士の間に働く力。細胞膜を構成する脂質分子にも炭化水素の部分があり、その領域では疎水性相互作用が働く。

(4) 静電的相互作用:電荷を帯びた分子などの間に働く力。細胞膜を構成する脂質分子にも電荷を帯びた部分があり、その領域では静電的相互作用が働く。

(5) ポリオキソメタレート(POM):タングステンやモリブデンなどの金属の酸化物の一種。①細胞膜への活性が高く、②構造が同一であり、③電荷を制御できる、という性質を有する。本研究で用いたものは、[PW12O40]3−, [SiW12O40]4−, [H2W12O40]6−の3種類。この3種類の構造は同一であるが、電荷が異なる。

【メディア掲載】

 本件について、日本経済新聞(2017年6月21日付)、産経新聞(2017年6月21日付)、山形新聞(2017年6月20日付)、長崎新聞(2017年6月20日付)にそれぞれ関係記事が掲載されました。


【教員データベース】

 薬学部 教授 柴田 攻

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